しがない人生

四季の移ろいを背景にして、 主人公の情感が、匂うような小説をupしていきます。

『二十四の瞳』を読んで

『二十四の瞳』と言うと、木下恵介監督の映画が目に浮かぶ。
1954年のモノクロ作品で、主演の高峰秀子が、大石先生を好演していた。
あまりにも有名な坪井栄の原作に、触れる機会も無く過ごしていたが、
偶々、文庫本の『二十四の瞳』を手にすることがあって、初めて原作を読んだ。

昭和初年、瀬戸内の寒村が舞台である。
自転車が高価であった頃、村人の暮らしは貧しかった。
だが、12人の子供達は懸命に生きている。

小学校5年になると、岬の分教場から、5キロを歩いて本校へ通う為、
それまで無かった弁当を持参する。
松江は、父親のアルミの弁当箱を、持っていくが、
3人分もある大きな弁当箱は、学友の憫笑を買った。
松江の母親は、妹を出産したばかりで、まだ臥せっている。
「お母さん、百合の花の弁当箱、ほんまに買(こ)うてよ。いつ、買(こ)うてくれるん?」
「お母さんが、起きれたら」
「起きれたら、その日に、すぐに?」
「ああ、その日に」
しかし、母親が起き上がることはなかった。
程なく、乳飲み子を残したまま、他界してしまった。
母の死以来、前から3番目の松江の席は、空席のままだった。
貧乏が松江を、教室に戻すことを許さなかった。
松江は金比羅の街へ、奉公に出されてしまった。

※ 会話は、角川文庫『二十四の瞳』坪井栄・著から抜粋。

私は58歳であるが、弁当箱というと、思い出す。
幼稚園児であったのか、小学校低学年であったのか定かではないが、
初めて持った弁当箱の蓋には、赤い花が大きく描かれていた。女物であった。
友達の弁当箱の蓋には、皆、青色で描かれた野球選手の姿があった。
男なのだから、野球選手の弁当箱が羨ましかったことを、思い出す。
女物の弁当箱は、兄と慕っていた従兄弟のお古だった。
従兄弟の父親は、戦死していて、女手ひとつで、従兄弟は育てられた。
おそらく、何処かからのお古を、従兄弟は使っていたのであろう。
女物の弁当箱など、嫌に決まっているが、男物を買って欲しい、
とは、母親に言えなかったのであろう。
私もまた、従兄弟が我慢して使っていたのだと思うと、
母親に、野球選手の弁当箱を買ってくれ、とは言えなかった。
従兄弟も私も、貧乏育ちである。
その従兄弟は、去年の暮れに肺癌で亡くなった。
享年64歳であった。

『二十四の瞳』を読むと、人の世の無常を思わずにはいられない。


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箱根の新緑

山里の桜が散ると、冬景色だった山肌には、一斉に桜が咲く。
豆桜、山桜、大島桜が咲くさまは、山肌のあちこちに、小さな雲を浮かべたように見える。
全山の桜が散った後、山肌は清々しい新緑に被われる。

今、箱根は新緑が美しい。

湯本から大平台へかけて、国道一号線をドライブすると、
新緑のシャワーを浴びているような錯覚に捉われる。

登山電車の出山鉄橋からの眺望も素晴らしい。
両側にそそり立つ山々は、新緑に輝き、さながら、印象派の絵画である。

五月上旬までが、新緑の旬。
風薫る五月というが、まさに、一年中で一番爽やかな季節だ。
新緑の中に、身を置くと、
皆に幸あれ、と素直に思えてくるのはなぜだろう。

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大平台の枝垂れ桜

箱根の大平台。
ほそかわ旅館に、見事な枝垂れ桜の大木がある。
土の香漂う空き地のほぼ中央に、その桜は植えられている。
空き地は駐車場として使われているが、
昨夜は一台の車も無かった。
観光名所のように、ライトアップされている訳でもなく、
道路の外灯からこぼれた光りが届くだけなのに、
暗闇にぼおっと、満開の枝垂れ桜が浮き上がっていた。
昼間は濃いピンクなのに、薄いピンクなのは外灯のせいであろうか。
桜の花の真上に、オリオン座が煌めく星空であった。
星空と夜桜。
幽玄の美に、思わず立ち尽くした。
4月3日、木曜日、夜7時のことである。

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映画『おはん』を観て

市川昆監督の『おはん』は、1946年の作品である。
主演の人妻は、吉永小百合。ぐうたらな夫役に、石坂浩二。
勝気な芸者、大原麗子が、夫の浮気相手である。

時代は昭和初期なのだろうか、カメラは木造家屋の質感を丹念に捉えている。
この映像を目の当たりにすると、日本建築の美しさ、素晴らしさが良く分かる。

大原麗子の艶やかさと、吉永小百合の秘めた情熱。
二人の女の美しさは、対照的だ。
片方が爛漫の桜の花とすれば、片方は凛と咲く梅の花ではなかろうか。








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『にっぽん水紀行』を見て

昨夜、テレビのチャンネルを、次から次へと変えていたら、
美しい水辺の風景と出会った。
5チャンネルのtvkである。
ナレーションから、福岡県を流れる筑後川と知れた。
それは、清冽な飛沫が光る夏の景色であった。
その映像美に、目を奪われた。
どのカットも、どのカットも素晴らしく駄作がない。カメラマンの美意識の高さが窺える。
タレントが出てきて、無意味なお喋りをするわけでもなく、
映像とナレーションだけで見せていく、極めてオーソドックスな造り方である。
番組は、もう半分終わっていたが、
久方ぶりに、名作を見る感動が、いつまでも私の心を浸していた。
ラストシーンのテロップで、製作が「BS日テレ」であることを知った。
「BS日テレ」での放映は、去年の晩夏あたりであったのだろうか。
放映権を買ったtvkが、昨夜、放映したものを、偶然、私は見たのである。

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